3 防災情報の収集と提供

3−6 アジア防災インターネットGISの構築

3−6−1 アジア防災インターネットGISの開発の背景

  近年の画像処理技術の進歩に伴う、衛星画像から抽出される防災情報の信頼性の向上により、場所や時間の制限を受けずに、リモートセンシングにより様々な防災情報を抽出し、これを災害軽減に利用することのできる環境が整ってきた。しかし現時点では、災害の軽減に直接結びつく防災実務へ連動するようなシステムが構築されるには至っていない。これは、衛星画像提供サイドによる技術的なブレークスルーに焦点が集まっており、この分野への防災実務に携わる側の積極的な参加が行なわれてこなかったことと、衛星画像から抽出された防災情報それだけでは実務に活かすことは困難であり、地形や自然条件といった一般的な地理情報や人口・建物・インフラストラクチャーといった社会情報と重ねることによって初めて有用な情報になり得ることに原因がある。また、これらの地理情報を重ね合わせて分析を行うためのプラットフォームである地理情報システム(GIS)を導入するためには、高いコストとスキルが要求されるということも、衛星情報を防災面で利用するうえでの大きなハードルであった。
1999年2月16日〜18日にかけて行なわれた第1回 アジア防災センター国際会議では、「技術の利用」と題したワークショップが開かれ、GIS及びリモートセンシングの防災面への利用に関する議論が行なわれ、以下のような結論を得た。
¨ 全ての国は、GIS及びリモートセンシングの価値と、情報管理を行う際のメリットを認識している。
¨ リアルタイムの衛星画像の入手、より安価な衛星データの入手、GIS及びリモートセンシングを導入する際の技術的なサポート、防災情報を抽出するための技術の取得が、今後の課題である。
 上記のように、各国の防災担当部局でも、GIS及びリモートセンシングに対して非常に高い関心が示されているものの、導入コストや習得すべきスキルの高さが障害となって、利用が進んでいないということがわかった。また、衛星データや地理データを利用する際のコストの高さも指摘されたところである。
アジア防災センターでは、このような問題点を解決するために、近年発達が著しいインターネットを利用し、誰でもどこからでも利用可能な防災インターネット地理情報システムVENTEN(Vehicle through Electric Network of disasTer gEographical informatioN)の開発を行った。

図3-6-1-1 VENTENの位置付け


   VENTEN開発の目的は、システムを提供すること及びデータを提供することの二つである。システムは、インターネットに接続されたパーソナルコンピューター及びWorld Wide Webを閲覧することのできるブラウザーを用意するだけで、ユーザーが利用可能となるようなものとした。
 データに関しては、特に地形や自然条件といった一般的な基本地理情報について、様々な国際機関等が提供を行っていることが分かったが、これらの情報を閲覧・解析するためには、利用するGISに合わせてデータのフォーマットを変換する必要があった。そこで、VENTENの開発にあたっては、様々な地理情報を収集し、これをVENTENのシステム上ですぐに利用できるフォーマットに変換し、システムと一体のものとして供給することとした。
   図3-6-1-1に、VENTENの位置付けを示す。図の左側には、様々な宇宙開発・研究機関や航空写真情報作成機関といった情報供給側の組織が位置し、オリジナルの一次データの供給を行っている。この一次データから、防災に有用な情報を取り出すためには、種々の画像処理と重ね合わせが必要であり、またこれらの情報を防災実務に携わる側へ届けるパイプが必要となる。防災関連の研究者は、VENTEN上の情報を閲覧・分析し、その結果をさらにVENTENに加えることもできる。VENTENは、防災リモートセンシング情報のデータベース機能・分析機能を有し、かつ防災実務者への情報伝達経路となることで、防災計画の策定や災害現場での救援活動の支援等、実際の被害の低減へ直結する場面で防災リモートセンシング情報を活用することを目的としている。

 

3−6−2 VENTENのシステム

   VENTENのシステムは、Webサーバー、GISサーバー及びデータベースサーバーで構成される。VENTENにおける処理のフローを図3-6-2-1に示す。ユーザーからの最初のリクエストは、Webサーバーが受け付ける。ここで、WebサーバーはGISサーバーに対し、どの地理情報のどの部分(複数の地理情報可)という形で、必要情報を指定する。GISサーバーは、必要があればデータベースサーバーを参照しながら、自身の内部に蓄積された地理情報から、必要とされるものの必要部分を切り出し、一枚のラスター画像としてWebサーバーへ送る。最終的にWebサーバーが、地理情報以外の国選択メニューや防災情報選択メニュー、属性の表示非表示選択ボタン、スケール及び表示位置の変更ボタンなどを追加し、GISサーバーから送られたラスター画像を含むハイパーテキスト文書として、ユーザーに送ることになる。


図3-6-2-1 VENTENにおける処理のフロー





図3-6-2-2 VENTEN上で伊丹空港から30kmの範囲をバッファーとして指定した様子(上)と、
バッファー内部に含まれる人口を計算結果(下)


インターネット地理情報システムの形式としては、ユーザに何らかのアプリケーションプログラムをダウンロードさせるもの、イメージマップをベースとしており地理情報の閲覧のみ可能となっているもの等が存在し、VENTENで採用している方法は機能的にはこの中間に位置し、ユーザーはベクトルデータをVENTEN上で操作することができるが、ユーザーが得ることができるのはベクトルデータに基づいたラスターデータのみである。これは、ユーザー側にとってはデータ取得の上での制限となるが、この方式を採用することで、操作の際のネットワーク環境によるレスポンスの違いと、データの著作権の問題を解決している。インターネット地理情報システムでは、データの伝送に伴うネットワークのトラフィックの負荷が課題となるが、本システムでは、VENTENのシステムの画面の中央に現れる470×470ピクセルの固定された大きさの画像が伝達されるだけなので、むしろサーバーサイドの計算時間の方が長く、VENTENからユーザーの端末までのネットワークの環境の違いによる影響を受けにくい。また、オリジナルの情報量に極めて近いベクトルデータをユーザーに供給しないことで、多くのデータ供給者の理解を得ることが容易になりやすい。もちろん、最終的にユーザーが入手できるのはラスターデータだけだが、ユーザーのサイドからは、あたかもベクトルデータを直接操作しているように処理を行うことができる。
VENTEN上でのシステムの機能としては、通常のGISの基本機能である「任意部分の任意スケールによる表示」、「バッファリング」、「オーバーレイ」、「位置・属性による検索」が可能である。図3-6-2-2に、バッファーを作成し、その中に含まれる都市の人口を抽出した結果を示した。バッファーは、大阪伊丹空港を中心として30kmに設定され、この範囲に含まれる都市の都市名と人口が、下図に結果として表示されている。このように、VENTENは、ユーザーの端末レベルではラスターデータがベースとなっているが、サーバー上のベクトルデータに対し、ユーザーが様々な処理を要求することができる。

 

3−6−3 VENTENで提供するデータ

   VENTENでは、アジア防災センターのメンバー国22ケ国を、データを収集する範囲としている。その範囲の中で、地形や自然条件といった特に防災向けの用途には限定されない一般的な基本地理情報と、防災に関連する情報が地図に投影された防災地理情報の二つ種類の情報を収集している。現在までに収集された情報は以下の通りである。

1) 基本地理情報

国境(領域)、水系(線、領域)、鉄道(線)、道路(線)、空港(点)、都市位置(点)、都市名(文字列)、人口(数値)、標高を基にした陰影画像(ラスター画像)、標高の等高線図(ラスター画像) [データの出所 DCW(Digital Chart of the World)、GRID、 GTOPO30]

2) 防災地理情報

1998年 長江の洪水の際の洪水域、1995年阪神淡路大震災の際の西宮駅周辺の家屋被害状況、1995年阪神淡路大震災の際の家屋被害悉皆調査に基づく町丁目毎の被害状況(建設省建築研究所)、活断層分布図

基本地理情報に関しては、VENTENの画面右下に固定メニューを設け、常に表示非表示を選択できるようにした。

 

図3-6-3-2インド・バングラデシュの水系と標高を基にした陰影画像(上)と、
スリランカの鉄道、道路と標高を基にした陰影画像(下)





図3-6-3-3洪水域、及び道路、鉄道、水系


また、防災地理情報と重ね合わせて、集計を行うこともできる。データのサンプルとして、インドバングラデシュの水系と標高を基にした陰影画像、及びスリランカの鉄道・道路と標高を基にした陰影画像をそれぞれ重ねたものを、図3-6-3-2に示す。 また、図3-6-3-3に防災地理情報のサンプルとして、LANDSATの画像から抽出された1998年の長江の洪水域のデータと、元の水系データ、道路、鉄道を重ねたものを示す。この図のように、VENTENを用いることで、防災地理情報それだけではなく、他のデータと重ね合わせを行い、防災実務に直結するデータを生成することが可能となっている。なお、防災地理データに関しては、まだまだ整備が不十分であり、今後積極的にデータの提供を呼びかけていく必要がある。宇宙科学事業団や(財)リモートセンシング技術センターといった衛星情報提供機関や、防災関連のリモートセンシング研究を行っている研究機関及び大学等に、提供の呼びかけを行なっていく予定である。

3−6−4 危険度診断評価の基礎システムとしてのVENTENの活用


3-6-1で述べたように、アジアのメンバー国において、GISを用いたハザードマップ作りや、避難路計画策定などの試みは始まっているものの、依然として、GISシステム導入のためのコスト・知識、地理情報の取得の困難さがこれらの活動を推進する際の障害となっている。VENTENは、これらの点を解決し、またさらなる利用を促すきっかけとなる可能性を持っている。ユーザーは、VENTENのサーバーに蓄積された様々な地理情報を自由に使うことができ、またそれらを重ね合わせて新たな地理情報を作り出すことができる。そこで作り出したものを利用して、ハザードマップなどを作成することも可能であるし、それをVENTENに登録し、さらに別の情報と重ね合わせることもできる。また、自国に関連する隣国の情報を得ることもできるし、他国の分析結果を参考に、自国の分析を行なうこともできる。VENTENは、インターネット経由で分析ができることが最大の利点であるが、任意の図を重ね合わせ、任意の部位を任意のスケールで閲覧することができる利点を最大限に生かし、地理情報のライブラリとして機能させ、他国のユーザーの利用に便宜を図ったり、他のユーザのGIS利用を促進する刺激となるような効果も期待できる。いずれにしても、VENTENが危険度診断評価に利用されるためには、さらなる基本地理情報の充実、及び防災地理情報のサンプル数の増大が鍵となるであろう。

 

3−6−5 まとめ

インターネットを利用した防災地理情報システムの開発について、背景やシステム、提供するデータなどを中心に説明を行なった。現在のところVENTENはまだ、公開できる最低限の性能を有しているに過ぎない。今後は、データの拡充を図ると共に、防災行政の場で試験的に運用をしながら、その結果を基に、インターフェースの改善や機能の拡張を図りたいと考えている。

 

3−7 応急危険度判定システムに関する情報の収集と発信

 1999年に台湾とトルコで巨大地震が発生し,多くの死傷者をだした。それらの災害報道によるといずれの地震においても、地震後の応急危険度判定が実施されていたとのことであった。
 応急危険度判定とは「地震等の災害が発生した直後において、被災した建築物の被害状況を調査し、余震等による建築物の倒壊、部材の落下等から生ずる二次災害を防止し、住民の安全を図ることを目的とする」ものである。判定のための技術的基準を整備し,また実地に判定作業を行うための組織からなるシステムが必要とされる。
 このシステムは1985年から1990年にかけて米国及び日本で開発されてきたところであるが、その後多くの国で自国の建築様式に合致した応急危険度判定システムを整備してきたようである。1994年の中国雲南省の麗江地震他でも実施されている。
 このシステムは、その目的にあるように災害後における人命の安全を図るために重要な方法であると認識されてきたので、アジア各国においても一般的に構築されてきつつあるようである。
 アジア防災センターでは、これらの状況をかんがみて,応急危険度判定システムに関するアジア各国の情報を収集するとともに,判定のための技術基準をホームページに掲載して提供することを検討することとした。これは、応急危険度判定システムの整備されていない国においても、この基準をダウンロードすることにより、応急危険度判定を実施できるようにすることがねらいである。
 1999年12月に開催された第2回国際会議において、メンバー国に図ったところ,賛同を得たので、その準備にかかることとした。
 現在の準備状況は、判定の技術的基準についての検討を実施しているところである。標準となる判定基準として米国で開発されたATC20といわれる応急危険度判定(Criteria for Emergency Assessment for Damaged Buildings)が、元来英文であるところもあり,望ましいと現在は考えている。
 また2000年3月に各国に対して、応急危険度判定システムの現状についての情報提供を依頼しているところである。